「結果が出ている=頑張っている」なのか?


 

 

以前、アタマがいいのに算数ができない子のブログを書きました。

中学入試の勉強法 アタマが良いのに勉強ができない子 算数は紙で考える。

これは、その続編です。

100点=頑張ってる

50点=頑張ってない?

テストで100点を取った子供がいるとします。

「よく頑張ったね~。」

と声をかけたりしませんか?

テストで50点を取った子供がいるとします。

「残念だね。もっと頑張りなさいね~。」

と声をかけたりしませんか?

これって、間違ってる可能性があります。

100点の子は50点の子と比較して、倍の努力をしたのでしょうか?

100点だから頑張ってる、50点だから頑張ってない、という考え方は結果信仰であると同時に努力信仰でもあります。

もし、全ての結果が努力だけで決まるのなら100点の人は50点の人の倍頑張ってると言えるし、50点の人は頑張ってないと言えるでしょう。

悲しいけど、才能の差と言うものがある。

 

すべての人の才能、もっと身も蓋もない言い方をすればアタマの良さというのは一緒でしょうか?

僕の経験から言うと悲しくなるくらい一緒ではないです。

ことわざにもあります「一を知れば十を知る。」と。

複雑で抽象的な思考を要する問題がすっと理解できる人もいます。

逆に言えば、1を知っても0.5も残らない人もいるんです。

抽象的な思考法って大半の人にとって苦痛でなかなか理解できないんですよね。

それで「算数は無理!」とか「勉強は無理!」って言うんですよ。

(ご安心ください。そういう人を相手にするのが僕の仕事です。抽象で苦しむ人を救うコツを知ってます。これは企業秘密なので、どうしても知りたい!と言う声が一定数来るまでは秘密です。)

だから、100点の人は生まれつき才能があって、本人は何も苦しまなくても、すっと出来てしまう人の可能性があります。

と、言うかそういう人は多いです。

(もしその人が今まで50点だったのに、取り組み方を変えたりかける時間を増やして100点になったならそれは「頑張った」と言えるかもしれません。)

 

50点の人にもいろいろなタイプがいます。そうは言っても全然労力をかけてないからできてないの努力不足がほとんどですが、ある程度労力をかけて取り組んでるのに結果がでなくて苦しんでる人かもしれません。

また、努力してないにしても原因があって、どこかで理解できない箇所が出てきて苦手意識を持ち、「僕には勉強は無理だ!」と言う負の成功経験をしたから、努力しなくなった可能性も多分にあります。

余談 僕は運動の才能が死ぬほど無かった。

 

読んでてげんなりするかも知れませんが、これがリアルです。

才能と努力の掛け算が結果です。

努力しても才能がない人は結果がなかなか出ません。

そのうち逃げるようになります。

運動に関しての僕がそうでした。

僕はお笑い番組で笑われるくらい運動神経がないです。

外野フライも取れません(笑)

跳び箱も逆上がりもダメでした。

跳び箱と鉄棒を買ってもらった

 

でも、我が家の過保護の両親と祖父母の執念はすごくて、跳び箱も鉄棒も買ってもらいました。

それを繰り返し練習することで、人並みに逆上がりも跳び箱もできるようになりました。

ここまで読んでる人もそうだと思いますが、この話をすると皆さん「そこまで?」とげんなりした顔をされます(笑)

「できないことだって、頑張ればいつかできるよ!」っていう美しい話に当てはまる話だと思うんですけどね。

もちろん、親の育て方もあったかもしれませんが、僕は運動方面の素質がなかったんだと思います。

だから、同級生がうらやましかったですね。「なんでこいつらはスイスイ飛べるんだろう?」って思ってました。

まあ、その逆に勉強だけはできたから「何でこんな簡単な問題ができないの?」って言ったこともあります。

そりゃあイジメられますね(笑)

 

 

だから、100点の人が立派で何か特別素晴らしい努力をしていて、50点の人が何かとんでもないクズ野郎で、体罰でも与えないといけない怠け者かと言ったらそうでもないんですよ。(もちろん50点の人はだから一切努力せずに勉強を無視して生きていいと言うつもりもないです。僕の跳び箱みたいにある程度の才能がない中での努力もしてほしいですが)

よく使うたとえ話ですが、サッカー部に入った人は何万人といると思います。

そのうちにプロの選手になった人はほんの数十人だと思います。

それを「彼は頑張った」というならば、なれなかった人は「頑張らなかった」だけなのでしょうか?

と、言うことを踏まえて、前回のブログの続きです。

 

アタマの良い子は算数が好きで社会が嫌い

 

アタマのいい子は算数を好みます。普通の人にとって、意味が分からない算数をです。

彼らはアタマがいいのでこういうことを言います。

「算数は好き。だって、考えればわかるじゃん!」

と。

算数は何も努力しなくても元のアタマの良さでこなせて「よくできたね!頑張ったね!」

と、ほめてもらえるんですね。

でも、こういう人は社会の暗記とか漢字とかは嫌いです。

なぜかと言うとアタマの良さは関係なしに、一定の労力をかけて覚えるまで繰り返しやらないといけないから。

繰り返しますと、勉強の結果は才能と努力の掛け算です。

努力をしないで済む天才ってほとんどいないです。

だから、才能だけで算数がすらすら解けて褒められた才能型は、前回のブログのように、小学6年生くらいで壁に当たります(中学入試をする場合)。

アタマだけでできるから、アタマでしか考えない癖がついてて、図や式が書けないんですね。

だから、周りに算数ができるけど社会ができない人がいたら「ああ、才能依存型だな。」と思ってください。

というか、そういう人がうちの塾生に何人かいるんです(笑)

 

アタマの良さだけで乗り切っている才能型に要注意

 

結局このブログで何が言いたいかと言うと、

アタマが良い人は高得点という「結果」が出やすいです。

ただ、それを「結果が出ているから頑張っている」と混同しやすい。

それが、彼らにとって地道な努力を要した結果の高得点なのか

それとも才能に依存して本人的に労せずして取れた高得点なのかを

しっかりチェックしましょうね、と言うことです。

前回のブログの繰り返しになりますが、アタマだけで高得点の人は小5の後半から小6で壁にぶち当たります。

情報を紙の上で整理する習慣はついているか?

アタマの中だけで暗算していないか?

よく吟味しましょうね。

彼らの言う

「だってぇ、出来てるからいいじゃん!」

に騙されないようにしましょうね。

努力の意味を評価してあげよう!

 

逆に、そこまで才能に恵まれてない人に取っては勉強は苦痛を伴うものかも知れません。

なかなか、労力かけても目覚ましい結果が出ないかも知れません。

でも、そこで親や先生が、結果だけで評価して

「50点とは何事だ!もっと頑張れ!」

と言うのはやめましょう。

その50点を取るために、実はものすごく労力をかけているかも知れません。

そこは内情をしっかり評価してあげましょう。

 

評価すべきなのはできることをやったかどうか

 

これは常々言ってることです。

僕は「分からない」「できない」ことに怒ることはないです。

よくドラマにいる「こんな問題も分からないのか!」と言う先生にはならないように気をつけてます(笑)

分からないことって、極論すると何度やっても分からないんです。

個人の努力でどうにかできる部分を外れてます。

これは無理な部分です。

(ただし、この「分からない」を「分かった!」に変えるのが僕の仕事です。

「分からない」は放置しておくんじゃなくて。誰かに教えてもらって解決して下さい。

じゃないと、公式を暗記する人になってしまいますから

今なら、line@から質問してくれたら答えますよ。)

濱崎のline@

ただ、単語や漢字や地名など、主に暗記系のことは個人の努力です。

よっぽど個性的な脳に生まれない限り

「僕はどうやっても漢字が覚えられないんです。」

と言う人はいません。

一つ面白いエピソードがあります。

漢字テスト80点未満だと家に帰らされる塾

 

これは僕が小学校のころに通っていた塾の話です。

近所の塾でした。

この塾の話だけでブログ10本くらい書けます。

影本先生というおじいさんだけどクソ怖い先生でした。

先生にならったことは僕の大事な幹になってるので、スパルタだけど理不尽な人ではなかったです。

くそ怖かったけど(笑)

 

この先生が僕たちが小学校6年生になった時に宣言しました。

毎回授業の初めに漢字テストをします。

漢字というのは結局努力です。

80点取れない人は努力が足りないので、タクシー呼ぶので、即帰宅しなさい、と。

 

これ、冗談かと思うけど、先生の目がマジなんですよ。

だから、毎回塾に行く前はちょっと緊張して漢字を見直してましたね。

このクラスは男女で40人以上いたんですが、

小6の1年間を通じて、誰一人として漢字テスト不合格はいませんでした。

やればできるんですね。

 

才能うんぬん言う前にやれることを全部やってるか?

 

なんとなく、「うちの子は勉強できない。」とか

「勉強の仕方を知らない」(このフレーズは大嫌いです。よく聞くけど(笑))とか

言っている人は、この

「分からないどうしようもないこと」と

「努力でできるやれること」を仕分けしましょう。

そして、後者を頑張っているなら点数と言う結果に関わらず、褒めてあげましょう。

逆に怠っているなら少々点数が良くても、叱るか気を付ける方がいいですよ。

 

ただ、漫然と「できない~。無理~」と言ってる気がします。

成績良くない人でも、社会だけとか漢字だけとか絞って

徹底的に覚える努力をしてみるといいですよ。

そしたらそれが、成功体験になって自己肯定感が増しますから。

https://timeline.line.me/post/_dZy2s8iK00zz95QZrZeflRuc2iAzAuQ7mineeZ0/1154045965407079785

 

暗記の管理もやってます。

今、社会や漢字の暗記が怪しい受験生に暗記をさせてます。

これが、結構いるんです。社会や漢字が怪しい人(笑)

才能ある人もない人も

僕が覚え方と場所を指示して、家でやってきてもらいます。

塾に来て自習の机でひたすら覚えたかテストするだけです。

でも僕という先生との約束だと、ちゃんとやってきてくれるんですね。

家で、親子でやると、とんでもない地獄ですけど(笑)

 

まとめ

結果じゃなくて過程(プロセス)思考!

 

これはいつも口癖のように言っているのですが、勉強で結果を変えたかったら、

過程(プロセス)を大事にしましょう。

そうじゃないと、「何て点数取ってるの!」とか

「こんどはいい点とりなさい!」とか

「こんどは頑張る!」みたいな

実態のない根性論で終わりますから。