目先の結果を追いたくないという話②10周年記念パーティでしゃべった本音   更新しました!


続きます。

この目先の結果を追い求めるとどうなるかと言うと「とにかく覚えろ!」という思考法になります。

繰り返し、問題の解き方やパターンを丸暗記してしまえば、ある程度の点数は取れます。

それで、理解できてなくても暗記しようとしてしまいます。

これを何の悪意もなく子どもに要求する親や先生も多くいると感じます。

確かに、勉強には地名や年号や英単語のように、単純に暗記する要素も多分にあります。

だから、悪意なく「勉強とは繰り返し覚えるものだ。」と思いがちです。

 

 

 

でもね、勉強には「理解する」要素がたくさんあるんです。

典型的なのは数学や理科の公式です。

あれを、よく分からない天から降ってきた「呪文」のように思ってませんか?

そして、「公式はとにかく覚えるものだ。」と思ってませんか?

 

違います。

 

円の面積のように高度な数学の結果であって、説明がない公式も少しは存在します。

しかし、たいがいの公式は「なぜそうなるのか?」の理屈が裏に存在します。

これを理解して使うのと使わないのとでは頭の中で見えてる景色が全然違います。

それどころか、理解して考え方が分かれば、覚える必要すらない公式もたくさんあります。

「呪文」どころか「そんなの当たり前じゃん。」ってなるんです。

どっちがいいと思いますか?後者ですよね。

しかも、暗記した人はパターンにしか対応できないので、ちょっと応用されたら手も足も出ません。

理解した人は本質が分かってるから、応用にも対応が出来ます。

ついでに言うと「楽しさ」の観点からみると段違いです。

暗記した人にとっては「良く分からない呪文を無理やり暗記させられた、苦行」になります。

塾とか受験を「詰め込みだ!」とか「大人になってから役に立たない。」と批判する人はこちらのやり方のイメージなんでしょうね。

理解した人にとっては、問題を解くのは自分の頭を使った「知的冒険」になります。勉強するより、Youtube見てる方が楽しいけど、勉強も嫌じゃないと感じると思います。

たまにいるんですが、英語と社会は嫌いだけど数学や物理は好きと言う人はこの喜びを知ってる人ですね。

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