表現するのを12年忘れていたアーティスト 4


 

 

最近、色んなアイデアが一杯浮かんできます。
多分、SNSを中心に発信が順調だからでしょう。

これもふっと思い浮かびました。

僕は実は、生活していくためにバイトしていてバイト先で有能すぎて正社員になったり店長になってしまった芸人状態ではないか?
と、思います。

僕はずっと自分を「塾の先生」もしくは「塾長」として紹介して来ました。
ただ、これはたまたま向いていてストレスが少なくて時間が割りと自由になって価値が生み出せてみんなから感謝されてそこそこ稼げる「生業」だっただけではないかと思います。

実は僕は社会人辞めて旅人になった時に憧れがありました。
沢木耕太郎さんみたいになりたい、と。
沢木さんは僕が会社を辞めたのと同じ25,6歳の時に、突然バスだけでインドからロンドンを目指すという貧乏旅をされました。
そして、それを「深夜特急」と言う作品にして発表した、旅人の世界のカリスマです。

僕は昔から文章や言葉で表現することに向いていました。
ほめられたこともあります。
だから、旅人しながら旅行記書いたら沢木さんみたいになれるかもしれないと思って、ノートパソコン持ってバックパッカーしました。
これは2006年ではとても珍しい旅人でした。
旅をしながら、旅のことを書き続けました。
その時の愛機がレッツノートで、今も代替わりしたレッツノートでこの文章を書いてます。
膨大な量の旅行記を書きました。
その一部はブログで今もネット上に残ってます笑

なんか、恥ずかしくて見せたくないです。
今見ても僕らしくて面白い文章ですけどね。

旅人終わってからの自分は、現実と折り合いつけたというか(それでもどっかに就職ということはしなかったけど)
旅の最中に気づいた「やたら子供に好かれる」という属性を生かして塾の先生を始めました。
途中に紆余曲折がありましたが、元々得意なことなので楽しくこの12年、先生稼業で食ってきました。教員免許はないけど笑

沢木さんになる夢は忘れてました。
先生の仕事がかなり自分の独創性が出せる仕事なので、そっちで自分らしさがまあまあ表現できてしまっていたのです。
僕は自分のことを「個性的な自分にしかできない塾をしている人」と規定していました。

ところが、昨年からネットラジオ局に所属することになって、発信をするようになってから塾では表現し切れてない自分の存在に気づきました。

俺、まだまだ喋れる。
まだ喋りたいと。

自分で言うのもなんですが、僕の喋り面白いですよ。
発信が下手なので、マスに届いてないですが聞いた人からは「面白い」と言ってもらえます。

そこで、気づいたのです。

元々は沢木さんみたいな「作家」になりたかったのですが、無意識に「文章で食べていくのは無理だ。」とリミットかけていたのではないか?と。

ちょっと、切り口を変えました。
作家も、ネットラジオで喋るのもブログ書くのも、自分の考えを言葉で表現すると言う意味では一緒ではないだろうか?と。

そういう意味では僕は、今元々やりたかったことの亜流くらいの方向に向いているんです。
そして、その道で金銭的な報酬を求めなくても「生業」の方で稼げてる!

そう考えてみると、僕は「生業」を頑張りすぎて「表現」を12年忘れてたアーティストだと気づいたのです。
冒頭の芸人の喩えはそういうことです。

これに気づいたので僕は自分をこう紹介することにしました。

「お喋りアーティストの『なる』こと濱崎亨です。塾をやって生計を立ててますが、今年はもっと喋ったりブログ書いて言葉で表現していきたいです。」

 

レターポットしてます。感想もらえると嬉しいです。

https://letterpot.otogimachi.jp/users/5815


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